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東京地方裁判所 平成5年(ワ)24714号 判決 1998年5月13日

主文

一  被告グローバル・シルバーホーク株式会社は、原告に対し、九六四二万二四〇〇円及びこれに対する平成五年三月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告グローバル・シルバーホーク株式会社に対するその余の請求及び被告日本火災海上保険株式会社に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告グローバル・シルバーホーク株式会社の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告らは、原告に対し、連帯して、一億〇九四二万二四〇〇円及び内金九六四二万二四〇〇円に対する平成五年三月八日から、内金一三〇〇万円に対する平成六年一月一二日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告の東京から米国カリフォルニア州への転居に際し、原告との間で、原告所有の家財道具一式について運送契約を締結した被告グローバル・シルバーホーク株式会社(旧社名グローバル・インターナショナル株式会社、以下「被告グローバル」という。)が、運送中に運送品の一部である高価なイラン製絨毯四枚を紛失させたとして、原告が、被告グローバルに対し、運送契約の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として、右イラン製絨毯の当時の時価相当額である九六四二万二四〇〇円の支払を求め、また、運送契約締結に際し、被告グローバルが、被告日本火災海上保険株式会社(以下「被告日本火災」という。)との間で、原告を被保険者とする貨物海上保険契約を締結していたことから、被告日本火災に対し、保険契約に基づく保険金支払請求として、被告グローバルと連帯して、本件絨毯についての付保金額である当時の時価相当額の支払を求めるとともに、前記運送及び保険引受、事故後の調査並びに本件訴え提起後の各段階における被告らの不誠実な態度により、原告が多大な精神的損害を被り、また、弁護士費用の出費を余儀なくされたとして、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料三〇〇万円及び弁護士費用一〇〇〇万円の支払を求めている事案である。

一  基礎事実

次の事実については、原告と被告グローバルとの間においては争いがなく、原告と被告日本火災との間においては、次の証拠によって認めることができる。

1 原告は、被告グローバルに対し、平成四年一一月二七日、東京都港区所在の原告宅(以下「原告宅」という。)にある原告所有の家具、衣類その他の家財道具一式を、米国カリフォルニア州サンディエゴ所在の原告の転居先(以下「原告転居先」という。)まで運送することを依頼し、被告グローバルはこれを受諾し、もって、原告と被告グローバルとの間に運送契約(以下「本件運送契約」といい、本件運送契約にかかる運送品及びその運送を「本件運送品」、「本件運送」という。)が成立した。本件運送契約は、被告グローバルが、原告宅から転居先までのすべての陸上運送及び海上運送並びに日本及び米国における通関手続を行うことを内容とするものであった。

2 原告は、被告グローバルに対し、同月一六日、本件運送契約締結に先立ち、本件運送品の品目を一つ一つ特定し、それぞれの評価額を記載した運送品目録を交付した。

3 被告グローバルは、本件運送契約に基づき、平成四年一一月三〇日ころから同年一二月七日にかけて原告宅から本件運送品を運び出したが、その際、原告は、被告グローバルに対し、本件運送品のうち、原告転居先ですぐに必要になるものとしばらく倉庫に保管してほしいものの二種類を区別して指示し、別個に梱包するよう依頼した。

4 被告グローバルと被告日本火災は、平成四年一二月一五日、両者間で既に締結されていた包括予定保険契約に基づく個別契約として、原告を被保険者とする貨物海上保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

5 原告は、被告グローバルの下請会社であるグレーベル・ムーバーズ・インターナショナル株式会社(以下「グレーベル」という。)から、平成五年一月初めころ、本件運送品がすべて無事にカリフォルニアに到着し、通関手続を終えたとの知らせを受けたことから、グレーベルに対し、同年二月五日に原告転居先において、本件運送品のうち原告がすぐに必要になるものと指示したものだけを受け取ることを伝え、グレーベルはこれを承諾した。

6 同年二月五日、グレーベルの使用人又は代理人が、本件運送品のうち原告がすぐに必要になるものと指示したものをトラックで原告転居先に運び、原告の立会いの下にコンテナを開けて点検を行ったところ、運送品に含まれているはずの絨毯のうち四枚がコンテナ内にないことが発見された(以下「本件事故」という。)。グレーベルは、被告グローバルの本社に本件事故を連絡するとともに、本件運送品のうちしばらく倉庫に保管する予定のものを点検し、その中に右絨毯が紛れ込んでいないかどうかを確認したが、発見することができなかった。

7 原告は、被告グローバルに対し、平成五年二月一五日、被告グローバルの作成した請求書に基づき、本件運送にかかる運送費用全額を支払った。

二  争点

1 本件事故において紛失した絨毯の特定

(原告の主張)

(一) 本件事故において紛失したのは、以下の四点のイラン製絨毯(以下「本件絨毯」という。)である。

(1) マハッド・アモゴハリ・アンティーク(以下「アモゴハリ」という。)

大きさ五〇八×四〇〇センチメートル。

(2) タブリス・アラバフ・アンティーク(以下「タブリス・アラバフ」という。)

大きさ三五二×二四七センチメートル。

アモゴハリ及びタブリス・アラバフは、昭和六〇年五月一九日に、ヘルセル・アブディアン(以下「アブディアン」という。)から、原告が次のとおり、エム・サイード・ナセル(以下「ナセル」という。)が代表取締役を務めるエベレスト通商株式会社(以下「エベレスト通商」という。)から入手していた、イラン製絨毯四枚及び二〇万米ドルとの交換により取得したものである。

<1> カシャン・シルク・タファズリ・ドザー・プレイヤー

昭和五八年一〇月二八日に五万五〇〇〇米ドルで購入

<2> カシャン・シルク・アンティーク・ズィールスルタン・ドザール

昭和五八年一〇月二八日に三万五〇〇〇米ドルで購入

<3> イスファン・セラフィアン

昭和五八年六月二四日に絨毯三枚及び二五万米ドルとの交換により入手

<4> カシャン・シルク・モッチャム・アンティーク・ドザール

昭和五七年一一月一六日に六万五〇〇〇米ドルで購入

(3) タブリス・フィッシュ・デザイン・ニュー(以下「タブリス・フィッシュ」という。)

大きさ一九六×二九三センチメートル。

昭和五八年一〇月一五日に一万二〇〇〇米ドルでエベレスト通商から購入したもの。

(4) クアム・シルク・ブルー/ローズ(以下「クアム」という。)

大きさ三〇三×二〇八センチメートル。

同年二月二二日に一万四〇〇〇米ドルでエベレスト通商株式会社から購入したもの。

(二) 原告が、本件絨毯の売渡証明書等の本件絨毯の取得及び所有権の帰属に関する書類(以下「本件絨毯関係書類」という。)を所持していること、原告宅を取材したインテリアデザインの雑誌や、原告宅で撮影した原告所有の絨毯の写真を用いた絨毯販売業者の販売促進用のパンフレットに、本件絨毯が掲載されていること、写真の専門家に依頼して撮影した本件絨毯の写真が存在することからすれば、本件事故までに原告が本件絨毯を取得し、所有していたことは明らかである。

(三) 次のような事実に鑑みれば、本件事故において紛失した絨毯が本件絨毯であることは明らかである。

(1) 原告は、本件運送契約に先立ち、運送品目録を作成して被告グローバルに交付しているが、右目録は、原告が運送品の一点一点を詳細に調査・確認した上で、その品名を特定し、評価額を記載したものであり、信頼性の高いものである。また、右目録のうち絨毯の目録(「G-オリエンタル絨毯」との題名が付されたもの。右目録及びそれに新たに絨毯一枚を加えて本件保険契約申込みの際に申込書に添付されたものを、以下「本件絨毯目録」という。)においては、絨毯がその産地名、工房名、色や柄の特徴、大きさ及び新しいものか古いものかの区別によって特定されているところ、かかる特定方法は高級絨毯の特定方法として最も一般的かつ正確なものである点で、右目録は極めて信頼性の高いものである。そして、本件絨毯はいずれも右目録に記載されているものであるが、右目録の品名及び評価額が全体として正確性及び信頼性が極めて高いものである以上、本件絨毯についての記載だけが疑わしいということはあり得ない。

(2) 被告グローバルが、原告宅及び原告所有の東京都渋谷区所在のマンション(以下「センチュリープラザ」という。)から本件運送品として搬出した絨毯の枚数は、平成四年一一月三〇日に二三枚(原告宅から二〇枚、センチュリープラザから三枚)、同年一二月一日及び同月七日にセンチュリープラザから各一枚の計二五枚である。なお、右搬出の際、被告グローバルが、センチュリープラザから他人所有の絨毯一枚を誤って原告所有の絨毯と共に搬出したことがあるが、右絨毯は被告グローバルによって返却されており、右の事実は証拠上も明らかである。

(3) 被告日本火災の米国代理店であるトプリス・アンド・ハーディング株式会社(現社名マクラーレンズ・トプリス・ノース・アメリカ株式会社)のキャプテン・イアン・エル・ペレイラ(以下「ペレイラ」という。)は、本件事故後に原告転居先を調査し、本件絨毯目録中の本件絨毯以外の二一枚の絨毯が原告転居先において利用されていることを確認した。

(4) 原告及びその家族と被告グローバルは、過去に何回も運送契約を締結したことがあり、信頼関係にあったのであり、被告グローバルは原告が高価な絨毯の収集を趣味にしていることを知っていた。そして、原告は、本件事故発生時から一貫して、紛失した四枚の絨毯が本件絨毯であることを主張していたが、被告グローバルにおいても、本件訴え提起以前においては、本件絨毯の紛失の事実、原告の被告グローバルに対する請求及びその請求額が当然かつ妥当なものであることを認めていた。

(四) 原告の本件絨毯の取得に関与したナセルの証言は、原告が高価な絨毯を収集していた様子、本件絨毯を購入した経緯、本件絨毯目録の正確性などについて詳細に証言するものであり、その内容は全体として自然かつ具体的であり、原告提出の各証拠とも符合するものであって、信頼性が高いものである。

(被告グローバルの主張)

(一) 本件においては、次の理由により、本件絨毯が本件事故により紛失したとの事実は認められない。

(1) 本件絨毯のうち、タブリス・アラバフが、本件事故により紛失したとの事実は存在しない。原告は、右絨毯は原告宅の居間に敷かれていたものであり、家財道具目録の一頁の二九、三〇番、二頁目の三八、四八又は四九番に記載されたもののいずれかであると主張するが、サービス注文書によれば、本件事故によって紛失した四枚の絨毯は、右目録の二頁の四四ないし四六番、三頁の二四番及び五頁の一一番に記載されたもののうちの四枚であり、原告の主張する番号の付された絨毯は、いずれも原告転居先において原告に引き渡されている。

(2) 原告が、右目録二〇頁の二番に記載された絨毯について、右絨毯はアモゴハリであるとの当初の主張を、何らの理由を示すことなく、右絨毯はアンティーク・チャイニーズ・アニマルであるとの主張に変更していること、原告が従前、本件運送品中の絨毯の他に所有していると認めていた一〇枚の絨毯の名称、現在の所有の有無、処分先などについての主張、立証がないことからすれば、本件絨毯のうちタブリス・アラバフ以外の三枚についても、本件運送品の中に含まれていなかった可能性を否定できない。

(二) 被告グローバルが、被告日本火災に対し、書簡により、本件事故の発生を前提とした迅速な処理を要求した事実はあるが、それは被告グローバルが被告日本火災に対し、紛失した絨毯の特定の問題を含めて早急な調査を行い、しかるべき処理を迅速に行うことを要求したにすぎず、紛失した絨毯が本件絨毯であるか否かについては何ら言及していないのであるから、被告グローバルが本件絨毯の紛失の事実を認めていたとの事実は存在しない。

(被告日本火災の主張)

(一) 本件においては、次の理由により、原告が本件絨毯を所有していたことは認められない。

(1) 原告が提出した本件絨毯目録記載の絨毯の領収書等の中に、作成日と記載されている日より後の日に作成されたものが多数存在し、原告の本件絨毯の取得の事実に疑義を生ぜしめている。

(2) 本件訴え提起前から、右領収書等の作成、保管、署名などに関する原告、原告の米国における代理人ジョン・エル・シャデック(以下「シャデック」という。)及びナセルの説明が不自然に変転を繰り返している。

(3) 原告がナセルから購入した本件絨毯の代金の支払方法についての、右領収書等の記載、原告の説明及びナセルの説明がそれぞれ異なっており、また、ナセルが小切手で代金を受領した場合の現金化の方法についての証言も不自然かつ不明確である。

(4) 原告は、本件絨毯のうち、タブリス・アラバフ及びアモゴハリについては、アブディアンとの交換によって取得したと主張するが、その証拠書類に対する署名の時期について前記のとおり疑義があることに加えて、その交換の状況についての原告本人の供述と証人ナセルの証言が相矛盾している。

(5) 原告が提出した証拠によれば、原告は、昭和五六年から昭和六〇年までの五年間に、絨毯の購入代金として約三億二二〇〇万円もの金額を支払っていることになり、それ自体不自然であるにもかかわらず、原告は、かかる多額の購入資金を調達できたことについての主張、立証をしない。

(6) 証人ナセルは、前記領収書等の作成、保管、署名などに関して相矛盾した証言を繰り返していることに加えて、その重要性から記憶していて当然であるような事柄について曖昧な証言をしたり、証言の後になってから証言内容に合致する事実を作出するなどしており、その証言は、極めて信憑性に乏しいものである。そして、右領収書等原告が本件絨毯を所有していたことの証明のために提出した証拠の成立や内容については、証人ナセルの証言以外にその真実性を証明するものが存在しない。

(二) 仮に、本件絨毯を原告が所有していたと認められたとしても、次の理由により、それらが本件運送品に含まれ、本件事故により紛失したことは認められない。

(1) 原告から被告グローバルに対し、本件運送品として引き渡された絨毯の枚数に関する原告の主張が変遷しており、証拠上も明確でない。

(2) 本件絨毯目録によれば、本件運送品の中には、カウチボックスにもクレートにもリフトバンにも入らない大きな絨毯が最低二枚は存在したはずであるが、他の証拠上、かかる大きな絨毯の存在は一枚しか認められない。

(3) 本件運送品を積載したコンテナの海上運送中、右コンテナは、ボルトシールタイプの封印が施され、一度も扉を開かれなかったことが証拠上明らかであるから、海上運送中に本件絨毯が紛失することはあり得ない。

(4) 本件運送品を積載したコンテナを開けた際に、絨毯の紛失を発見した状況に関する原告本人の供述が、他の証拠の内容と合致しない。

(5) 被告グローバルの主張(3)(1)と同じ

2 原告と被告グローバルとの間の損害賠償の予定の合意の有無

(原告の主張)

(一) 原告と被告グローバルは、本件運送契約において、原告が被告グローバルに告知した運送品の価額の一・五パーセント相当額を支払うことにより、本件運送品について、損害(湿気・黴によるものも含む)が発生した場合に、右告知された当該運送品の価額を賠償するとの内容の損害賠償の予定の合意をし、原告は、右合意に基づき、本件運送品の価額を告知するとともに、右価額の一・五パーセント相当額を支払ったのであるから、被告グローバルは、右合意に基づき、原告が告知した本件絨毯の価額を賠償する責任を負う。

(二) 被告グローバルが原告に送付した見積書(以下「本件見積書」という。)には、本件運送契約の内容について、別紙英文のとおりの記載(以下「本件賠償契約」という。)があるところ、これには、被告グローバルが保険を手配するとの記載はなく、かえって被告グローバルが填補賠償を行う主体として記載されていること、被告グローバルは、本件運送品が高価品であることによる追加的運送費用の支払を原告に要求し、原告がそれに応じたこと、原告は、本件事故が発生するまで、本件保険契約の存在を知らなかったことからすれば、本件運送契約においては、原告が被告グローバルに相当の金額を支払えば、本件運送品について損害が発生した場合には、本件賠償約款に基づき、同被告から直接、支払額に見合った追加的填補賠償を受けることができるとの合意があったことが明らかである。

(被告グローバルの主張)

(一) 本件賠償約款は、被告グローバルが原告のために貨物海上保険を手配する場合の保険条件について記載したものにすぎず、原告は、本件賠償約款に基づいて被告グローバルに貨物海上保険の手配を依頼したのであるから、原告と被告グローバルとの間で損害賠償の予定の合意があったとの事実は存在しない。

(二) 原告は、被告グローバルとの間で、本件見積書を送付する以前に、貨物海上保険の手配について打合せを行ったこと、本件保険契約にかかる保険料は原告が負担していること(原告が被告グローバルに支払ったと主張する追加的運送費用とは、右保険料のことである。)からすれば、原告が本件事故が発生するまで本件保険契約の存在を知らなかったということは考えられない。

3 原告の被告グローバルに対する高価品の明告の有無(本件における国際海上物品運送法二〇条二項、商法五七八条の適用の有無)

(原告の主張)

原告と被告グローバルとの間に損害賠償の予定の合意の成立が認められないとしても、本件絨毯は、国際海上物品運送法二〇条二項で準用される商法五七八条の高価品に該当するところ、原告は、被告グローバルに対し、本件運送契約に先立ち又はこれとほぼ同時に、本件絨毯の種類と価額を個別に記載した本件絨毯目録を提出したことによって高価品の明告を行ったのであるから、被告グローバルは、国際海上物品運送法三条一項、二〇条二項、商法五八〇条一項、五七八条により、本件絨毯の価額全額について損害賠償責任を負う。

(被告グローバルの主張)

原告は、本件運送契約締結に際し、被告グローバルとの間で、被告グローバルの運送人としての損害賠償責任限度額が、一品目、一ポンド当たり四五円であり、右限度額を超える損害については、被告グローバルの手配する貨物海上保険によって填補することに合意したこと、本件絨毯目録は、右の合意に基づいて作成、提出されたものであって、右保険の申請に際し、原告が被告グローバルに対し、その希望する付保金額を通知するために作成されたものにすぎず、右目録の提出により高価品の明告を行ったものと解することはできないこと、被告グローバルは高価品の明告を前提にして原告に対し割増運送費を請求していないし、同被告自身のために賠償責任保険にも加入していないことなどからすると、本件においては原告により高価品の明告が行われていないといわざるを得ず、被告グローバルは、本件絨毯の紛失による損害賠償責任を負わない。

4 本件事故発生時における本件絨毯の評価額(原告の損害額)

(原告の主張)

(一) 本件絨毯の引渡予定日(平成五年二月五日)における評価額は次のとおりである。

(1) アモゴハリ 五〇万米ドル(六二七七万五〇〇〇円)

(2) タブリス・アラバフ 二五万米ドル(三一三八万七五〇〇円)

(3) タブリス・フィッシュ 八〇〇〇米ドル(一〇〇万四四〇〇円)

(4) クアム 一万米ドル(一二五万五五〇〇円)

計七六万八〇〇〇米ドル(九六四二万二四〇〇円)

(二) 右の評価額を記載した本件絨毯目録は、原告が実際に存在する絨毯を一つ一つ確認し、購入価格を基礎に市場の動向を考慮して時価を評価して記載したものであり、その記載された評価額は、著名な絨毯販売業者による評価ともほぼ合致するものであって、信頼性が高い。また、アモゴハリ及びタブリス・アラバフが世界的に著名かつ貴重な絨毯であることは、世界的に有名なサザビーズのオークションにおいてマハッド・アモゴハリの絨毯に付された評価額、ペルシャ絨毯の文献における記載などからも明らかである。

(三) 本件保険契約にかかる保険証券には、保険者の填補責任及び決済に関しては英国法を準拠法とするとの記載が存在するところ、右保険証券には原告主張の本件運送品の評価額が協定価格として記載されていること、原告及び被告グローバルは、本件保険契約締結に当たり詐欺的な意図は有していなかったことからすれば、一九〇六年英国海上保険法二七条により、保険証券に記載された右価額が保険価額として決定的なものとなり、保険者である被告日本火災はこれを争うことができない。

(被告グローバルの主張)

(一) 本件絨毯のうち、アモゴハリ及びタブリス・アラバフの本件事故発生時点でのロスアンジェルスにおける市場価格は、合計で三七九万一九三七円ないし七一一万一四七一円にすぎず、タブリス・フィッシュ及びクアムの価額は、高くても前者が一八〇〇米ドル、後者が六〇〇〇米ドルにすぎないから、本件事故発生時における本件絨毯の評価額の合計は、高くても一〇〇〇万円を超えることはない。右評価額は、メーディ・サガトチ(以下「サガトチ」という。)及びジャラール・カラフチ(以下「カラフチ」という。)の鑑定意見に基づくところ、両者はその専門性に加えて、本件について何ら利害関係を有していない点からも信頼性が高い。

(二) 原告が証拠として提出した鑑定評価書のごとき書面は、いずれも、原告からの直接又は間接の依頼を受けた業者がいわば顧客サービスの一環として作成した書面であって証拠力に乏しく、また、サザビーズのオークションにおいて付された金額は、当該絨毯の所有者の落札希望価額にすぎないから、当該絨毯の価額を査定する上では意味がないものである。

(被告日本火災の主張)

(一) 本件絨毯のうち、アモゴハリの本件事故発生時点における価額は、一五万米ドルから二〇万米ドル、高くても二五万米ドルであり、タブリス・アラバフは、一〇万米ドル程度、高くても一二万五〇〇〇米ドルである。右評価額は、米国の絨毯の専門の鑑定人ロザリンド・カンドリン・ベネディクト(以下「ベネディクト」という。)により、米国の取引事例を参照の上で査定されたものであり、信頼性が高い。

(二) 原告の主張する評価額は、絨毯販売業者の鑑定に基づくものであり、独立の鑑定人の鑑定によるものではなく、取引事例を参照していない点で信用性に乏しい。また、サザビーズのオークションにおいて付された金額は高すぎるものであり、本件絨毯の評価額の判断に当たり参考になるものではない。

5 本件における国際海上物品運送法一三条三項の適用の有無

(被告グローバルの主張)

本件絨毯目録の提出が高価品の明告に当たるとすると、原告は、被告グローバルに対し、本件絨毯について実価を著しく超える価格を故意に通告したものであるから、被告グローバルは、国際海上物品運送法一三条三項により、本件絨毯の紛失についての一切の損害賠償責任を負わない。

(原告の主張)

原告が被告グローバルに対して通告した本件絨毯の価格は、本件事故発生時点における適正な市場価格であり、本件絨毯についての実価を著しく超える価格を故意に通告したとの事実は存在しない。

6 原告と被告グローバルとの間の損害賠償責任限度額の合意の有無

(被告グローバルの主張)

(一) 被告グローバルに損害賠償責任が認められるとしても、被告グローバルは、本件見積書において、本件運送にかかる損害賠償額については、一品目、一ポンド当たり四五円が上限であるとした上で、荷主である原告のために貨物海上保険を手配する場合の保険条件について明らかにしており、原告は、右記載を了解して、被告グローバルに本件運送契約を申し込んだのであるから、原告と被告グローバルとの間には、本件事故についての被告グローバルの損害賠償額は、一品目、一ポンド当たり四五円を限度とするとの損害賠償責任限度額の合意が成立したのであり、本件における原告の請求のうち、右金額を超える部分については認められない。

(二) 本件保険契約が、本件運送品についての被告グローバルの損害賠償責任を被保険利益とするものではなく、原告を被保険者とし、本件運送品に対する原告の所有者利益を被保険利益とするものであることからすれば、本件保険契約は、被告グローバルが自己の損害賠償責任の危険を分散するために締結したものではなく、原告が、被告グローバルとの損害賠償責任限度額の合意を前提とした上で、右限度額では不十分と考え、自ら保険料を負担した上で、被告グローバルに手配を依頼したものであることが明らかである。

(三) 一品目、一ポンド当たり四五円という損害賠償責任限度額の合意が、国際海上物品運送法一三条一項の一包み又は一単位につき一〇万円という責任限度額に比して荷送人に不利益であるか否かは、一包み又は一単位の重量によるのであり、必ずしも荷送人に不利益であるとはいえない。仮に、右合意が同法一三条一項及び二項に比して荷送人に不利益であったとしても、本件絨毯の運送は、同法一七条の、運送品に関する運送人の責任を免除し、又は軽減することが相当と認められる運送に該当するから、同条によって準用される同法一六条により、右合意は荷送人に不利益な特約の禁止(同法一五条一項)の例外として有効である。

(原告の主張)

(一) 本件見積書の記載は、一般的かつ抽象的であり、本件運送契約に関する被告グローバルの責任を限定ないし限度額以上を免除するとの記載にはなっていないこと、右記載の「規則」ないし「約款」に該当する法律や約款は存在せず、運送会社がかかる責任限度額を設けるという慣行も存在しないことからすれば、右記載により損害賠償責任限度額の合意が行われたものと解することはできないし、商法五七八条の規定からすると、高価品の明告がない場合の運送会社の一般的な責任を定めたものと理解すべきである。また、本件保険契約は、被告グローバルが自己の債務不履行の危険を分散するために締結したものにすぎないものといえるから、右契約の存在は、被告グローバルの損害賠償責任に影響を与えるものではない。

(二) 仮に、原告と被告グローバルとの間において、損害賠償責任限度額の合意が行われたとしても、それは、荷送人が運送品の種類及び価格を通告したにもかかわらず、右限度額を超える責任については運送人に主張しえないとする点で、平成四年改正前国際海上物品運送法(以下「国際海上物品運送法」という。)一三条一項及び二項に反し、かつ、荷送人たる原告に不利益なものであるから、同法一五条一項により無効である。

7 本件における国際海上物品運送法一三条一項の適用の有無

(被告グローバルの主張)

(一) 被告グローバルに損害賠償責任が認められるとしても、それは国際海上物品運送法一三条一項により、一包み又は一単位につき一〇万円を限度とするから、本件における原告の請求のうち、四〇万円を超える部分については認められない。

(二) 本件においては船荷証券が発行されているのであるから、同法一三条二項が適用されるためには、当該船荷証券に本件絨毯の種類及び価額が記載されている必要があるところ、原告は、右記載の存在について何ら主張、立証をしないから、本件においては同法一三条二項の適用は認められない。

原告は、同項について運送品の種類及び価額を船荷証券に記載すべきことを定めたものにすぎないとして、船荷証券に右記載がない場合においても同条二項の適用があり得ると主張するが、右主張は同法の明文に反し、認められない。

(原告の主張)

(一) 国際海上物品運送法一三条二項は、運送品の種類及び価額が運送の委託の際荷送人に通告され、船荷証券に記載されている場合には、同条一項は適用されないとしており、本件においては、原告により高価品の明告が行われていることに加えて、被告グローバルが原告に対し、高価品であることに基づく追加的運送費用を要求し、原告が右支払に応じていることからすれば、被告グローバルは本件運送品に高価品が含まれることを認識していたことが明らかであり、このような場合、同法一三条一項の適用は否定されるべきであり、被告グローバルは、同法三条一項、二〇条二項、商法五八〇条一項、五七八条により、本件絨毯の価格全額について損害賠償責任を負う。

(二) 国際海上物品運送法一三条二項には、船荷証券が交付された場合に運送品の種類及び価額が船荷証券に記載されることを要件としているが、船荷証券が善意の船荷証券所持人を保護するものであり、運送人と荷送人との間では意味を持つものではないこと、同条一、二項の趣旨は、運送品の種類及び価額を知らずに運送を請け負った運送人を保護するという点にあることに鑑みれば、荷送人が運送人に運送品の種類及び価額を通知したにもかかわらず、船荷証券への記載がないことを理由に、荷送人である原告と運送人である被告グローバルとの間に同条一項の適用を認めることは妥当でないと解すべきである。

8 原告の被告グローバルに対する損害賠償請求権の行使が権利の濫用に該当するか

(被告グローバルの主張)

次の理由により、原告が本訴において、被告グローバルに対し損害賠償請求権を行使することは、権利の濫用となる。

(一) 本件運送品が、本件運送中に滅失、損傷するなどして原告が損害を被った場合、原告は、少なくとも第一次的には保険金支払請求により当該損害を填補するというのが、原告と被告グローバルとの間の暗黙の了解であった。

(二) 原告は、米国連邦行政命令集三一編五六〇章(以下「イラン取引規則」という。)の存在を認識していたにもかかわらず、被告グローバルに対し、本件運送品中にイラン製品が含まれていることを告知せず、また、イラン製品を米国に輸入するために同規則上要求されている、米国財務省外国資産管理局の特別許可を取得するために必要な情報提供をしなかった。仮に、原告が、イラン取引規則の存在を知らなかったとしても、原告は、被告日本火災から右規則の説明を受けた時点で特別許可を取得する努力をすべきであったにもかかわらず、それを怠ったばかりか、不実の文書を被告日本火災に提供するなどして、自ら保険金支払請求権行使の道を閉ざした。

(三) 本件絨毯のうち、アモゴハリとタブリス・アラバフは、アブディアンが日本に密輸入したものであり、原告も右の事実を知っていた。

(原告の主張)

被告グローバル主張の事実はいずれも否認する。

9 原告のイラン取引規則違反の有無並びに右違反の事実が本件保険契約の効力、被告日本火災の填補責任及び被告グローバルの損害賠償責任に与える影響の有無

(被告日本火災の主張)

(一) 損害保険契約が有効に成立するには、被保険利益の存在が不可欠であるところ、被保険利益は適法でなくてはならず、禁制品に関する保険契約は、当事者の善意、悪意を問わず、被保険利益を欠くから無効である。

イラン取引規則によれば、イラン製品の米国への輸入は原則的に禁じられており、輸入を行うためには、米国財務省外国資産管理局の特別許可を受ける必要があるところ、本件絨毯は、同規則により原則的に輸入が禁じられているイラン製絨毯であり、原告は、本件絨毯の米国への輸入に際して特別許可を取得していなかったのであるから、原告の行為は、明らかにイラン取引規則に違反するものであり、本件保険契約は、被保険利益が存在しないものとして無効である。

(二) 仮に、本件保険契約が無効でないとしても、本件保険契約における保険者の填補責任の有無に関する準拠法である英国法上、保険に付された海上事業は、適法であり、かつ、適法な方法で遂行されることを要求されているところ(一九〇六年英国海上保険法四一条)、本件保険契約の対象とされている貨物海上運送は、およそ適法な方法で遂行し得ないものであり、それ自体違法な海上事業であって、同法四一条に違反するから、保険者たる被告日本火災は、同法三三条により、右違反の日すなわち本件保険契約締結の日から、右契約に基づく填補責任を負わない。

(三) イラン取引規則は、違反者に対する懲役刑を含む罰則規定を有する刑事法規であること、本件絨毯の米国への輸入は、およそ特別許可を取得し得ないものであり、仮に、原告が輸入に際して特別許可を申請していたとしても、これを取得することは不可能であったこと、原告がイラン取引規則を知っていたか否かは行為の違法性の有無に影響を及ぼさないものであるし、原告が高価な絨毯の収集を趣味とし、絨毯を含む諸雑貨類の輸出入を業とする米国人であることからすれば、同規則を知らなかったとは考えられないこと、被告グローバルは、本件運送品にイラン製絨毯が含まれていることを原告から告知されておらず、原告も通関申告書の記入に際し、申告物品中にイラン製絨毯が含まれていることを申告しておらず、よって、原告が米国の通関手続においてイラン製絨毯が含まれていることを明示して手続を行ったとの事実は存在しないことからすれば、原告のイラン取引規則違反が本件保険契約の効力に影響を及ぼさないことはあり得ない。

(四) イラン取引規則には、イラン製品の米国への輸入に対する財政的支援、助成その他の役務の提供も禁止する規定があるところ、同規則に違反する物品の輸送を保険により援助することは、同規則に違反することになるから、被告日本火災が、本件保険契約に基づき、原告に保険金を支払えば、被告日本火災が米国において刑事訴追を受ける可能性がある。原告は、被告日本火災に対し、刑事訴追を受ける可能性がある本件保険金の支払を請求することはできない。

(五) 合衆国法律集一九編一五九二条、連邦行政命令集一九編一六二・七四条に基づく事前開示制度は、違反行為があった場合でも、右行為についての正式調査が開始される以前又は違反者が正式調査開始を知らない状態の時に、いわば自分の違反行為につき自首をした場合の制度であり、本件においては、米国税関が右制度の運用として原告を処罰をしないこととしたにすぎず、原告が特別許可を受けることなく、イラン製絨毯を米国に輸入した行為に何ら問題がないものと判断したものではないのであるから、右米国税関の措置により原告の行為の違法性が失われるものではない。

(被告グローバルの主張)

原告と被告グローバルは、被告グローバルの損害賠償責任の有無及び範囲については、本件保険契約に基づいて被告日本火災が負うべき保険金支払義務の有無及び範囲と同一であり、保険金額の限度において損害賠償責任を負うとの合意をしたものであるから、被告グローバルは、被告日本火災の主張を援用することにより、原告の損害賠償請求を拒むことができる。

(原告の主張)

(一) 本件絨毯を米国に輸入する行為がイラン取引規則に違反するとしても、次の理由により、右違反が、本件保険契約の効力ないし被告日本火災の填補責任に影響を及ぼすことはない。

(1) 禁制品の種類及び処分に関する規定は、輸入する国の行政上の規制であって、私法上の契約の効力に影響を及ぼさない。特に、イラン取引規則は、米国とイランとの間の国家間紛争を背景として制定されたものであり、通常の禁制品に関する規定のように、輸入される物品自体に問題がある場合とは明らかに性質が異なる。そして、実際の運用においても、厳密に規制が行われているとは考えられない。

(2) イラン取引規則においては、本件保険契約締結当時は、個人用財産としてのイラン製絨毯は五枚までの輸入が認められており、さらに、平成七年五月九日付けの米国財務省外国資産管理局の一般許可により、現在においては、商業目的でなく、個人が外国に居住し、その間実際に使用してきたイラン製家財道具等の輸入は認められるに至っている。

(3) 本件運送契約においては、被告グローバルが本件運送品について通関手続を行うことについてもその内容となっており、国際運送の専門業者である被告グローバルは、米国の通関手続における法的規制についても熟知していたはずであるところ、原告のみならず被告グローバルも、本件運送契約締結当時、イラン取引規則の存在を知らず、本件絨毯の米国への輸入が違法であることについての認識を欠いていた。

(4) 原告は、被告グローバルに対し、本件運送契約締結に際して、運送品にイラン製の絨毯が多数含まれることを告知しており、被告グローバルも通関手続において右の点を明示したにもかかわらず、米国税関は、これを問題とせずに通関を許可したのであり、仮に、米国税関において手続上の書類が足りないと指摘されたとしても、書類を追加して提出すれば特別許可が下りたはずである。

(二) イラン取引規則五六〇・二〇二条に列記される行為に保険契約は含まれておらず、仮に、含まれる余地があり得るとしても、違反とされるのは故意あるいは故意と見なし得るものに限られるところ、原告及び被告日本火災は、本件保険契約締結の時点で右規則の存在を知らなかったのであるから、本件保険契約自体が右規則に違反することはありえない。また、被告日本火災が、原告に対して本件保険契約に基づく保険金の支払をしたとしても、米国において刑事訴追を受ける可能性は存在しない。

(三) 原告は、事前開示手続により、米国税関に対し、本件絨毯の米国への輸入の事実及びイラン取引規則を知らなかったために特別許可を取得しなかった事実を開示し、右行為が法律上問題となるか質問したところ、米国税関としては何らの措置も予定していないとの回答を得た。これは、米国政府が公式見解として原告に責任を追及しないことを表明したものであり、最終的かつ拘束力のある判断である。

(四) 被告グローバル主張の事実は否認する。

10 原告の最大善意の原則違反の有無並びに右違反の事実が被告日本火災の填補責任及び被告グローバルの損害賠償責任に与える影響の有無

(被告日本火災の主張)

本件保険契約に基づく保険者の填補責任の有無に関する準拠法である英国法上、保険契約には最大善意の原則が適用され(英国海上保険法一七条)、保険契約成立時や保険金請求過程において、不正表示ある文書を提出したり、誤解を招く文書を提出した場合は、右原則に反し、保険者は、填補責任の履行を拒むことができる。

原告は、被告日本火災に対し、被保険物品を過大に評価した本件絨毯目録を提出して本件保険契約を締結し、さらに、保険金請求の段階では、内容が相互に矛盾するような文書や、誤解を招くような文書を提出したものであるから、かかる原告の行為は、最大善意の原則に反するものであり、被告日本火災は、原告の本件保険契約に基づく保険金の支払請求を拒むことができる。

(被告グローバルの主張)

原告と被告グローバルは、被告グローバルの損害賠償責任の有無及び範囲については、本件保険契約に基づいて被告日本火災が負うべき保険金支払義務の有無及び範囲と同一であり、保険金額の限度において賠償責任を負うとの合意をしたものであるから、被告グローバルは、被告日本火災の主張を援用することにより、原告の損害賠償請求を拒むことができる。

(原告の主張)

(一) 本件絨毯目録に記載した評価額は適正なものであり、過大評価との事実は存在しない。また、被告日本火災が原告提出の文書に不実なものがあることの積極的な根拠としているのは、リチャード・エル・ブルネルによる本件絨毯関連書類の署名についてのインク乾燥度試験の結果だけであるが、インク乾燥度試験という試験方法自体が信頼性を欠くものであるのみならず、その結果についても、およそ不実文書を作成する必要性のない本件事故発生前に不実文書を作成したとの結論になっており、合理性を欠く。そして、本件絨毯関係書類におけるナセルの署名についての証人ナセルの証言は、当初から一貫しており何ら不自然な点はないこと、アブディアンの署名についても本人が作成日に署名したことを認めていることを併せ考えると、原告の提出した文書に不実なものは存在しない。

(二) 被告グローバル主張の事実は否認する。

11 被告グローバル及び同日本火災が原告に精神的損害及び弁護士費用相当額の損害を与えたことによる不法行為責任の有無

(原告の主張)

(一) 運送人は、荷送人から高価品が運送品に含まれていることを知らされた場合、その存在を確かめ、高価品として適切な運送を行うよう、自らの従業員及び下請人を監督する義務を負っているのであり、本件運送契約において、原告は、運送品に高価品が含まれることを強調したのであるから、被告グローバルは、運送人として、これに対する適切な処置を採るべきであったにもかかわらず、これを怠った重過失により、本件事故を発生させた。そして、被告グローバルは、本件事故の発生が明らかになった後も、その原因を十分に調査しなかったり、調査結果を隠匿することによって原告の保険金請求を妨害するとともに、本件運送契約に基づき、通関に関する申告等のすべてを行う義務を有していたにもかかわらず、被告日本火災が保険金支払の前提として主張していたイラン取引規則違反の問題について何ら対処をせず、結果として被告日本火災からの保険金支払を受けられない状態を黙認したばかりか、右規則違反を当局へ通報すると原告を脅迫して、本件訴訟の取下げを要求した。

(二) 保険会社は、保険を引き受けるに当たり、特に高額な保険料を受領する場合は、事前に保険会社が引受けについて審査をするのが常識であり、また、保険事故の報告を受けた場合は、運送会社に照会して事故を特定し、損害額の査定が必要な場合は査定をするというのが常識的な業務である。ところが、被告日本火災は、本件運送品に高価品が含まれることを知りながら、ずさんなやり方によって本件保険を引き受け、本件事故発生後の調査段階においては、当初から不誠実な態度で原告に対応し、原告の保険金請求を拒絶するために、原告を詐欺扱いし、困惑させるような調査を行った。そして、本件訴え提起後においても、原告本人尋問において、偽証罪を逃れるために供述書の宣誓文言を外したのかといった侮辱的な尋問をしたり、輸入後は取得が不可能であることを知りながら、原告にイラン取引規則上の特別許可を取得するよう主張したり、原告が詐欺を行ったと決めつけるような内容の宣誓供述書を証拠として提出するなどした。

(三) 原告は、被告らの以上のような不法行為により、多大な精神的苦痛を被るとともに、弁護士費用の負担を余儀なくされたのであり、原告は、精神的損害に対する慰謝料及び弁護士費用の一部として、被告らに対し、連帯して、一三〇〇万円の支払を求める。

(被告グローバルの主張)

原告主張の事実はいずれも否認する。

(被告日本火災の主張)

(一) 被告日本火災は、通常のやり方で本件保険を引き受けたにすぎず、また、本件保険契約の被保険者である原告に対し、本件事故発生について必要書類や情報を求めるのは当然のことである。

本件訴え提起後においては、被告日本火災は、原告本人尋問においては宣誓をしていない陳述書を「宣誓供述書」と訳出し証拠として提出した原告の不誠実な行為を明らかにしたにすぎず、イラン取引規則との関係では、原告に本件運送が違法でなかったことの証明を求めたにすぎない。また、被告日本火災が証拠として提出した宣誓供述書は、原告がイラン取引規則を知っていた可能性が高いことを指摘しているにすぎない。

(二) 以上のとおりであるから、原告の主張する被告日本火災の各行為が不法行為を構成することはあり得ない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1 《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和五三年ころから高級な東洋絨毯の収集を趣味とするようになり、現在までに収集した絨毯は六〇枚以上に及ぶが、うち約三〇枚は、ナセルが代表取締役を務める、収集家向け高級絨毯の販売業者であるエベレスト通商から、購入又は交換により入手したものであった。

(二) 原告は、本件運送契約の条件について基本的な合意が成立した平成四年一一月ころ、当時、被告グローバルの専務取締役であったウォルター・イー・ロードから、本件運送品についての保険に付すためと、通関手続において使用するために、本件運送品の明細と個々の品目について価額の見積もりを作成するよう依頼を受けたことから、原告が所有し、本件運送を依頼する骨董品や美術品の価額につき、東京都所在の長谷部屋骨董品店やニューヨーク市在住の美術商であるアイリーナ・ホッチマンに問い合わせを行う一方、ナセルに対し、本件運送品に含める予定の絨毯の正しい国際的な表示と、購入価格、状態、稀少価値等に基づく評価額とを記載した一覧表を作成するよう依頼した。ナセルは、原告宅及びセンチュリープラザにおいて、原告所有の絨毯を一枚一枚確認し、絨毯販売業者としての専門的な見地からその評価額を判断して、原告に依頼された一覧表を作成し、原告は右一覧表に基づいて、本件絨毯目録を作成した。

(三) 本件絨毯目録には、本件絨毯を含むイラン製絨毯二五枚の内容及びナセルによる評価額が記載され、絨毯の内容については、高級絨毯の特定方法として一般的な方法である産地名、工房名、色や柄の特徴、新旧の別、大きさなどによってそれぞれの絨毯が特定された。

(四) 本件絨毯目録を含む運送品目録は、本件運送契約及び本件保険契約の締結前である平成四年一一月一六日に原告から被告グローバルに送付され、同日中に、被告グローバルから被告日本火災の代理店である日本ジョンソン・アンド・ヒギンズ株式会社に送付された。原告は、同月二七日、被告グローバルとの間において、本件絨毯目録記載の二五枚の絨毯を含む原告所有の家具、衣類その他家財道具一式について原告宅から原告転居先へ運送する契約を締結した。また、原告は、そのころ、本件運送品目録記載の評価額に基づいて付保金額を定めた上で、右目録を添付した本件保険契約申込書を作成して被告グローバルに交付し、被告グローバルと被告日本火災は、同年一二月一五日、右申込書に基づいて本件運送品について本件保険契約を締結した。さらに、右目録は、被告グローバル及びグレーベルを通じて、米国の通関業者であるアメリカン・カスタムズ・ブローカー・カンパニーに交付され、本件運送品が米国に到着した時点で、同社から米国税関に提出された。

(五) 被告グローバルは、平成四年一一月三〇日から同年一二月七日にかけて、原告宅及びセンチュリープラザから、本件絨毯目録記載の二五枚の絨毯を含む本件運送品を搬出したが、その搬出作業は、各部屋ごとの家財道具目録を作成して、一つ一つ運送品を確認するという方法で行われた。

(六) 本件運送品は、リフトバン、カウチボックス及びクレートなどに梱包された上、二個のコンテナに積み込まれて運送されたが、絨毯五本だけがリフトバンに入れられずに、その上に乗せられた状態でコンテナに積み込まれた。そして、平成五年二月五日、原告転居先において、コンテナを開けて点検を行ったところ、右絨毯のうち四枚が紛失していることが発見された。

(七) 被告日本火災の米国における代理店であるトプリス・アンド・ハーディング株式会社(現社名マクラーレンズ・トプリス・ノース・アメリカ株式会社)の損害鑑定人であるペレイラは、本件事故発生後である平成五年三月四日に原告転居先を訪れ、本件絨毯目録記載の二五枚の絨毯のうち、本件絨毯四枚及びタークマン・シルク・エンボスド・レッドを除く二〇枚の絨毯が原告転居先において使用されている状況を確認した。

(八) 被告グローバルは、被告日本火災に対し、平成五年六月一日付けの書簡をもって、本件保険契約に基づく紛失した絨毯についての保険金を、原告に対し迅速に支払うよう要求した。

(九) 本件絨毯目録記載の二五枚の絨毯のうち本件絨毯四枚を除く二一枚の絨毯は、平成八年五月一〇日、原告転居先において使用されていた。

2 1及び前記第二、一で認定した、原告は、本件運送契約及び本件保険契約を締結する前に、原告が被告グローバルに対し本件運送を依頼する原告所有の絨毯について、一枚一枚を確認した上で、本件絨毯を含む二五枚分の本件絨毯目録を作成し、右目録を被告らに送付して、被告グローバルに対し実際に右絨毯の運送を依頼していること、被告グローバルは、原告宅及びセンチュリープラザにおいて、本件運送品を一つ一つ確認しながら家財道具目録を作成してこれを搬送したこと、原告転居先に届けられた本件運送品の二五枚の絨毯のうち、四枚の絨毯が紛失していたこと、原告宅には、本件絨毯目録記載の絨毯のうち、本件絨毯を除く二一枚の絨毯が存在することの各事実と、本件全証拠によるも、原告が被告グローバルないしその他本件運送に関わった者と共謀して本件運送品の紛失に関与したこと、原告において本件運送品が運送中に紛失することを予想して、あらかじめ虚偽の内容を含む本件絨毯目録を作成し、被告日本火災から多額の保険金を詐取しようとしたことの各事実を認められないことを併せ考えると、原告は、その所有物である本件絨毯目録記載の絨毯が間違いなく原告転居先に運送されることを期待して、被告グローバルに運送を依頼したというべきであり(原告が原告宅及びセンチュリープラザにおいて使用ないし保管し、さらに、転居に伴い原告転居先への運送を依頼した本件絨毯目録記載の絨毯は、原告がこれを借りていたなどの特別の事情がない以上、当然に原告の所有であったものと認められる。)、本件絨毯目録には、真実の内容が記載されており、原告は、被告グローバルに対し、原告宅及びセンチュリープラザにおいて、本件絨毯目録記載の二五枚の絨毯を引き渡し、本件事故において紛失した絨毯は、原告所有の本件絨毯であったことが認められる。

被告日本火災は、原告が本件絨毯を取得したことを証する領収証、保管料送り状及び書簡に関する専門家によるインク試験の結果や右関係書類の作成、保管、署名等に関する原告及び原告の代理人であったシャデック並びにナセルの主張ないし供述が変遷し信用できないことなどを取り上げて、そもそも原告が本件絨毯を所有していた事実が認められないと主張し、確かに、原告、シャデック及びナセルの本件絨毯の取得についての関係書類に関する主張ないし供述には不自然なところが見られるが、原告が本件絨毯を所有しており、その絨毯を被告グローバルに運送を依頼したことは前記認定のとおりであり、本件絨毯取得についての関係書類の不備やそれに関する主張ないし供述の不自然さは、右認定を左右するものではないから、被告日本火災の右主張は理由がない。

3 被告らは、そのほかにも、本件絨毯が本件運送品に含まれ、本件事故によって紛失したことが認められないとして種々主張している。被告らの主張は、基本的に前記認定を覆すに足りる主張ではないが、以下において各主張について検討する。

(一) 被告らは、本件事故によって紛失した絨毯が、家財道具目録の二頁の四四ないし四六番、三頁の二四番及び五頁の一一番に記載されたもののうちの四枚であるとの主張を前提として、右目録における絨毯の特定についての原告の主張によれば、本件絨毯のうち、タブリス・アラバフが紛失した事実は認められないと主張する。しかし、《証拠略》によれば、右目録は、本件運送品を原告宅から搬出する際、楠原輸送により作成されたものであるが、そこにおいては、絨毯はすべて「RUG」と記載されているにとどまり、個々の絨毯についての特定が行われていないため、本件絨毯目録記載のどの絨毯が家財道具目録記載のどの「RUG」に該当するのかそもそも明らかではないから、被告らの主張は採用できない。

(二) 被告グローバルは、家財道具目録における絨毯の特定についての原告の主張が理由なく変更されていることの不自然性を指摘するが、前記(一)の事情に加えて、原告が本件絨毯目録記載の絨毯以外にも絨毯を所有しており、さらに転居時における混乱を考慮すれば、絨毯の保管及び搬出についての原告の記憶が正確性を欠いている可能性も否定できず、家財道具目録記載の番号により絨毯を特定する原告の主張に変更があったり、不明確な点があったとしても、それにより本件絨毯の紛失の事実の存在に疑いが生じるものとは認められない。また、被告グローバルは、本件絨毯目録記載の絨毯以外の原告所有の絨毯の名称、現在の所有の有無、処分先などについて原告の主張、立証がないことを指摘するが、前記2のとおり、本件事故により紛失した絨毯は、本件絨毯目録記載の絨毯のうち四枚であることが認められる以上、右の点が本件絨毯の紛失の事実の存在に疑いを生ぜしめるものと認めることはできない。

(三) 被告日本火災は、原告から被告グローバルに対し、本件運送品として引き渡された絨毯の枚数についての原告の主張が突如として二四枚から二五枚に変化している点が不自然であり、また、右の枚数については証拠上も明らかでないと主張するが、《証拠略》によれば、原告が当初、本件運送品目録を作成した時点では、本件運送品に含める予定の絨毯は二四枚であったが、本件運送品を原告宅から搬出する数日前に、原告がナセルから、原告の妻の所有する自動車(ポルシェ九六四AK、登録番号品川三四す七九四六)との交換により、新たに絨毯一枚(イスファハン・サラフィアン、大きさ二三四×一五〇センチメートル)を入手したことから、本件保険契約申込みの際、右絨毯を本件運送品として追加し、絨毯を二五枚とした上で付保金額を申告したこと、家財道具目録における「RUGS ON2」との記載は、通常であれば絨毯二枚を意味するものであり、そうだとすれば、同目録上、原告宅及びセンチュリープラザから搬出された絨毯は二六枚であること、被告グローバルは、平成四年一一月三〇日に原告宅から二〇枚、センチュリープラザから三枚、同年一二月一日にセンチュリープラザから一枚、同月七日にセンチュリープラザから二枚の合計二六枚の絨毯を搬出したが、同月二日に原告から、うち一枚が自分のものでないので返却するよう指示を受けたため、その旨を楠原輸送に指示し、楠原輸送において右絨毯を所有者に返還したことが認められるところ、右の事実経過に鑑みれば、原告の主張の変更が特段不自然なものとは解されないし、前記証拠上、本件運送契約に基づいて原告が被告グローバルに引き渡した絨毯の枚数は、原告が最終的に主張するとおり二五枚であることが認められるから、右の点についても、本件絨毯の紛失の事実の存在に疑いを生ぜしめるものとは認められない。

(四) また、被告日本火災は、本件絨毯目録によれば、本件運送品の中には、リフトバンにも入らないような極めて大きな絨毯が最低二枚は存在したはずであるところ、他の証拠上、かかる大きさの絨毯の存在は一枚しか認められないと主張する。しかし、本件運送品を海上コンテナに積み込む作業を行った証人瀬戸においても原告宅から送られてきたリフトバンの中にどのように絨毯が詰め込まれているか確認をしていないのであり、本件全証拠によるも、本件運送品の中に右のような大きな絨毯が一枚しか存在していなかったという事実は認められない。また、《証拠略》によれば、リフトバンの大きさは、幅一一〇センチメートル、高さ及び奥行きが二二〇センチメートルであること、本件絨毯目録記載の絨毯のうち、そのまま丸めた状態でリフトバンに入らないものは、大きさ五〇八×四〇〇センチメートルのアモゴハリと、四〇〇×五九五センチメートルのマハット・ザビア・セミアンティーク・ブルーの二枚のみであるところ、高級絨毯を輸送する方法として、大きさによっては、絨毯を二枚折り又は三枚折りにしてから巻くという方法があること、本件においても、右の二枚の大きな絨毯について、折り畳んだ上で緩く巻かれて梱包されていた可能性があることも認められるから、被告日本火災の右主張は認められない。

(五) 被告日本火災は、本件運送品を積載したコンテナについては、海上運送中は、かなり大がかりなカッターではないと切断できないボルトシールによって封印されていたのであるから、海上運送中にコンテナが開扉される可能性はなく、よって海上運送中の絨毯が紛失することはあり得ないと主張する。しかし、本件絨毯が海上運送以外の本件運送の過程において紛失したとしても被告らの責任が否定されるものではないから、右主張はそもそも反論として成り立ち得ないものであるし、グレーベルが米国においてコンテナを受納した際、二個のコンテナには別の種類の封印がされており、絨毯の紛失が発見されたコンテナには、一般的に使用されており簡単に複製が可能な鉄道用の封印がされていたこと、絨毯の紛失が発見されたコンテナの重量が、日本から搬出される際と比して二〇〇ポンド減少していたこととの《証拠略》が存在することからすれば、海上運送中に本件絨毯がコンテナから持ち出された可能性も高いのであるから、被告日本火災の右主張は認められない。

(六) 被告日本火災は、原告転居先において絨毯が五枚入っているとの記載のある大きな木箱を開けたら、中には絨毯が一枚しか入っていなかったとの絨毯の紛失を発見した状況に関する原告の供述が、日本において本件運送品をコンテナに積み込んだ際の状況に関する証拠と一致しないと主張する。しかし、前記認定のとおり、本件運送品のうち、絨毯四枚が紛失したことは明らかな事実であり、右絨毯の紛失を発見したときの状況の違いは、前記認定を左右するものではないし、《証拠略》によれば、グレーベルにおいても、原告転居先において絨毯の紛失を発見した状況について原告と同様の認識を有していることが認められるのであり、原告の右供述が直ちに真実に反するとはいえないから、被告日本火災の右主張は理由がない。

二  争点2について

1 本件運送契約が、本件見積書の記載に基づいて締結されたものであることは、当事者間に争いがないところ、本件見積書中の本件賠償約款の意味内容について、原告と被告グローバルとの間で争いがあることから、以下検討を加える。

2 《証拠略》によれば、本件賠償約款においては、全危険担保条件による填補を行う主体は明確に記載されていないが、《証拠略》によれば、被告グローバルは、原告に対し、平成四年一一月三〇日に保険料の名目で、原告が告知した本件運送品の価額の一・五パーセント相当額の支払を求め、原告がその支払に応じたこと、被告グローバルは、被告日本火災に対し、原告から受領した右の金員から本件保険契約にかかる保険料を支払い、被告日本火災との間に原告を被保険者とする本件保険契約を締結したことが認められ、右の事実によれば、本件賠償約款のうち全危険担保条件による填補についての記載は、被告グローバルが原告のために貨物海上保険を手配する場合の保険条件を記載したものであると解するのが相当である。

よって、他に、原告と被告グローバルとの間において、損害賠償の予定の合意が行われたことを認めるに足りる証拠のない本件においては、原告と被告グローバルとの間に損害賠償の予定の合意が存在したものと認めることはできない。

3 原告は、本件事故が発生するまで、被告グローバルが本件運送品について本件保険契約を締結していたこと及び本件保険契約における保険者が被告日本火災であることを知らなかったと主張するが、《証拠略》によれば、本件見積書が送付される前である平成四年一一月四日ころ、被告グローバルの当時の支配人であるマイケル・キッドが、原告に対し、書簡により、同被告が本件運送品の保険に関して保険代理店として打合せを行ったことを伝えるとともに、右打合せの結果として、保険料として本件見積書に記載されているのと同様の条件を提示したこと、同月一六日ころ、右の提示を受けた原告が、ウォルター・イー・ロードに対して本件運送品の価額を記載した運送品目録を送付するに当たり、保険料は運送費用とほぼ同額になりそうであるとの見込みを示したこと、同月ころ、原告と、原告が米国において利用していた保険会社であるジェームズ・ビー・オズワルド社が、本件運送品についての保険について話をしたこと、絨毯の紛失が発見された当日である平成五年二月四日及び同月五日に、ジェームズ・ビー・オズワルド社が被告日本火災に電話連絡をしたこと、同年五月一〇日ころ、原告がキャプテン・イアン・エル・ペレイラに対し、書簡により、原告は、本件運送品についての保険の手配先として、被告日本火災ではなく原告が米国において利用していた保険会社(ジェームズ・ビー・オズワルド社を指すものと認められる。)を望んでいたと述べたことが認められ、以上の事実によれば、原告は、遅くとも本件運送契約を締結するまでには、被告グローバルが被告日本火災に対して本件保険契約の締結を手配することを認識していたものと認めるのが相当であるから、原告の右主張は認められない。

三  争点3について

1 本件絨毯がいずれも容積又は重量の割に著しく高価な物品であることは、原告も明らかに争わないから、本件絨毯は、商法五七八条所定の高価品に該当するものと認められる。そこで、原告の被告グローバルに対する本件絨毯目録の送付により本件絨毯の種類及び価額が明告されたといえるか否かについて検討を加える。

2 前記一1のとおり、本件絨毯目録は、被告グローバルの依頼によって作成されたものであること、本件絨毯目録においては、絨毯の産地名、工房名、色及び柄の特徴、新旧の別並びに大きさによって、それぞれの絨毯の種類が特定されるとともに、それぞれについての評価額が記載されているが、かかる特定の方法は高級絨毯の特定方法として一般的であること、本件絨毯目録には本件絨毯の種類及び評価額についても記載されていること、原告は、本件運送契約についての基本的合意が成立した段階である平成四年一一月一六日に、被告グローバルに本件絨毯目録を送付したことが認められるところ、右の事実によれば、本件絨毯目録は、被告グローバルに対し、本件絨毯が高価なものであること及び本件絨毯が本件運送品に含まれることを認識させるに十分なものであり、被告グローバルは、本件絨毯目録の送付を受けたことにより、右の点について認識したか、少なくとも認識し得たものと認めることができるから、原告が、本件運送契約についての基本的合意が成立した段階において本件絨毯目録を被告グローバルに送付する行為は、商法五七八条所定の高価品の明告に該当するものと解するのが相当である。

3 被告グローバルは、本件絨毯目録は、原告が被告グローバルに対して付保金額を通知するために作成されたものであり、被告グローバルにおいても本件保険契約に関する書類と認識していたのであるから、その送付により高価品の明告を行ったものと解することはできないと主張するが、本件絨毯目録が、運送人である被告グローバルに対する関係において前記のような機能を果たしていることが認められる以上、その作成目的いかんにかかわらず、右目録の送付を高価品の明告と解することにつき何らの妨げはないものと解される。さらに、被告グローバルは、同被告が原告に対し高価品の明告を前提にして割増運送費を請求していないことや同被告が賠償責任保険に加入していないことを主張するが、右事情は、もっぱら被告グローバルの事情であって、かかる事実を前提に、前記のとおり原告から本件絨毯の種類及び評価額が通知されているにもかかわらず、高価品の明告がされていないと解することはできないから、被告グローバルの主張は理由がない。

四  争点4について

1 《証拠略》によれば、次のとおり、絨毯販売業者等によって、本件事故発生当時における本件絨毯の価額についての評価が行われていることが認められる(なお、ナセルによる評価額以外は、本件絨毯の写真に基づく評価である。)。

(一) アモゴハリについて

(1) ダモカ・エル・エー・インク(ロスアンジェルスの著名な絨毯販売業者、以下「ダモカ社」という。) 五〇万米ドル

(2) マタビ・エージー(チューリッヒの絨毯販売業者) 五〇ないし七〇万米ドル

(3) ナルバニ・カーペット・リミテッド(ロンドンの絨毯販売業者、以下「ナルバニ社」という。) 五〇万米ドル

(4) ナセル 五〇万米ドル

(5) パーズ・カーペッツ(ロンドンの絨毯販売業者)

自社所有のアモゴハリの絨毯について、大きさ五〇〇×三五〇センチメートルのものを四〇万ドル、五五〇×三五〇センチメートルのものを四五万ドルでそれぞれ売却する用意があるとの申し出がある。

(6) サガトチ(テヘランの絨毯販売業者) 五〇〇〇万リアル

(右評価額を、当時のイランのフリーマーケットにおける換算率及びイラン中央銀行発表の換算表によって米ドルに換算した上で、ロスアンジェルスにおける市場価格を考慮して評価すると、約二万三二一四ないし四万三五三七米ドルとなる。)

(7) カラフチ(東京の絨毯販売業者) 一四万二二四〇ないし一六万二五六〇米ドル

(ただし、小売価格はその一〇ないし二〇パーセント増となる。)

(8) ベネディクト(ニューヨーク在住の東洋絨毯及び織物についての講演者及びコンサルタント) 一五ないし二〇万米ドル、最も高くても二五万米ドル

(二) タブリス・アラバフについて

(1) ダモカ社 二五万米ドル

(2) マタビ・エージー 三二万五〇〇〇米ドル以下

(3) ナルバニ社 二〇ないし三〇万米ドル

(4) ナセル 二五万米ドル

(5) サガトチ 一五〇〇万リアル

(右評価額を、前記(一)(6)と同様の換算率により換算すると、六九六四ないし一万三〇六一米ドルとなる。)

(6) カラフチ 約四万一二五四ないし五万一五六八米ドル

(ただし、小売価格はその一〇ないし二〇パーセント増となる。)

(7) ベネディクト 一〇万米ドル、最も高くても一二万五〇〇〇米ドル

(三) タブリス・フィッシュについて

(1) ナセル 八〇〇〇米ドル

(2) カラフチ 一四〇〇ないし一八〇〇米ドル

(四) クアムについて

(1) ナセル 一万米ドル

(2) カラフチ 五〇〇〇ないし六〇〇〇米ドル

以上のとおり、本件絨毯のうち、アモゴハリ及びタブリス・アラバフについては、ダモカ社、マタビ・エージー、ナルバニ社、パーズ・カーペッツ及びナセルによる評価は、原告の主張する評価額とほぼ一致するのに対し、サガトチ、カラフチ及びベネディクトによる評価は、いずれも原告の主張する評価額の半額以下となっており、タブリス・フィッシュ及びクアムについても、ナセルによる評価は、原告の主張する評価額と一致するのに対し、カラフチによる評価は、それを大きく下回っている。

2 そこで、本件事故発生時における本件絨毯の評価額について検討する。

(一) サガトチによる評価は、本件絨毯をイランにおける通貨であるリアルによって評価したものであるが、《証拠略》によれば、イランにおける労働者の平均給与は月二〇万リアルであること、右の金額をイランのフリーマーケットにおける換算率により米ドルに換算した場合は約七一・四三米ドル、本件事故発生時点におけるイラン中央銀行発表の換算率により換算した場合は約一三三・六米ドルにすぎないことが認められ、右の事実によれば、イランの経済力及びリアルの貨幣価値は、米ドルや円と異なっていることは明白であり、サガトチによる評価は、アモゴハリ及びタブリス・アラバフの価額を正確に反映したものと解することはできないから、サガトチによる評価を採用することは妥当でない。

(二) 《証拠略》によれば、カラフチは、アモゴハリの絨毯を最高級の絨毯の一つと認め、特に、本件絨毯中のアモゴハリが、七〇年前に製造された大きさ五〇八×四〇〇センチメートルのものであることを前提としながら、小売価格として高くとも一九万五〇七二米ドルと評価する一方で、自身が代表者を務める株式会社パースにおいては、三〇年前に製造された大きさ四三〇×三一〇センチメートルのイスファハンの絨毯に三四〇〇万円、大きさ二二七×一四六センチメートルのイスファハンの絨毯に五〇〇〇万円の売値を付けていること、絨毯によっては、その鑑定値の一〇パーセントとか二〇パーセント増しの額を売値とすることがあると証言する一方で、五〇〇〇万円と売値を付けた絨毯について、右の価格は小売価格であり、交渉次第では一五〇〇万円で売ってもいいと証言していること、絨毯の値段を決める際には、その絨毯がどれだけ精巧にうまくできているかを重視し、前記のイスファハンに付けた売値の五〇〇〇万円についてはでき具合を重視したと証言しながら、本件絨毯の評価を行うに際してはかかる考慮を行うことなく、専ら写真と大きさのみを基準として評価額を判断していることが認められ、以上の事実によれば、カラフチによる評価は、本件絨毯の価額を正確に反映したものと解することはできないから、カラフチによる評価を採用することは妥当でない。

(三) そこで、絨毯販売業者であるダモカ社、マタビ・エージー、ナルバニ社、パーズ・カーペッツによる評価額と、東洋絨毯についての講演者及びコンサルタントであるベネディクトによる評価額のいずれを妥当と解すべきかが問題となるが、《証拠略》によれば、本件絨毯のうち、アモゴハリは同一デザインについて一枚、タブリス・アラバフは同一デザインについて三、四枚しか製作されないものであって、いずれも、高級絨毯の収集家や販売業者の間では著名な絨毯であること、かかる高級絨毯については、専ら、収集家が収集目的で取得するものであり、その売買価格は、売買の当事者、時期、場所等によって左右されるものであるが、通常は売買価格は営業秘密とされていることもあって、その評価額の判断は極めて困難であることが認められ、右の事実からすれば、アモゴハリ及びタブリス・アラバフの価値ないし評価額については、当該絨毯の状態、稀少性等の客観的要素などから直ちに定まるものではなく、高級絨毯の収集家や販売業者が当該絨毯を手放すに至る事情や当該絨毯を欲する度合いなどによって価額が定められる個々の取引の積み重ねによって定まり、又は変化してゆく性質を有するものと解するのが相当である。

そうだとすれば、アモゴハリ及びタブリス・アラバフの評価額の判断については、直接的にかかる高級絨毯の売買に関与しない講演やコンサルタントを専門にする者の鑑定評価よりも、実際に収集家との間で絨毯の売買を行い、多くの取引事例についての情報を収集することのできる販売業者が付した販売価格の方が、より当該絨毯の価値を正確に反映したものと解されるところ、本件においては、ロスアンジェルス、チューリッヒ、ロンドンといった大都市における絨毯販売業者である、ダモカ社、マタビ・エージー、ナルバニ社、パーズ・カーペッツの評価額がより信用に値するといわなければならない。

(四) そして、前記一1及び2に認定したとおり、原告において、本件絨毯目録における絨毯の価額について、殊更虚偽の事実を記載するという事情は認められず、加えて、原告は、申告した評価額に従ってかなり高額の保険料を支払っていることからすれば、原告は、本件絨毯の評価額について主観的に真実の記載を行ったと考えられるのであり、アモゴハリ及びタブリス・アラバフについての原告の右評価額と、より本件絨毯の価値を正確に反映したものと解されるダモカ社等の評価額がほぼ一致していることを考えると、原告の評価額は、十分信頼し得るものと解される。

3 以上により、本件絨毯の評価額としては、いずれについても、原告主張の評価額を妥当と解すべきであり、右評価額を本件絨毯が紛失した時点に近接している平成五年一月三〇日の時点における米ドルの対円換算率(TTSレートで一米ドル当たり一二五・五五円、当事者間に争いがない。)により日本円に換算すると、本件絨毯の評価額は、アモゴハリが六二七七万五〇〇〇円、タブリス・アラバフが三一三八万七五〇〇円、タブリス・フィッシュが一〇〇万四四〇〇円、クアムが一二五万五五〇〇円となる。

4 被告らは、ダモカ社、マタビ・エージー、ナルバニ社及びパーズ・カーペッツによる評価について、取引事例を参照していないこと、原告からの直接又は間接の依頼により、絨毯販売業者による顧客サービスの一環として付されたものであることから、信用性に乏しいと主張し、証人カラフチも右主張に沿う証言をする。しかし、前記のとおり、ダモカ社らによる評価額については、参照した取引事例は明示されていないものの、いずれも絨毯販売業者であることからすれば、当然に同種又は類似の絨毯についての取引事例を考慮した上で評価したものと解されるし、高級絨毯の取引において付される価額は、当該取引における個別的な事情によりまちまちであると解されるところ、本件全証拠によるも、ベネディクトの参照した取引事例における価額が直ちに当該絨毯の正確な価値を反映したものと認めることはできず、また、ダモカ社らによる評価額が、原告に対する顧客サービスの一環であることを認めるに足りる客観的証拠は存在しないことから、被告らの右主張はいずれも認められない。

なお、原告及び被告日本火災から、サザビーズのオークションに関する《証拠略》が提出されているが、入札者の有無、人数、資力、落札を希望する度合いなどによって落札価格が大きく左右するオークションの性質上、右の証拠から認められる落札希望価格、落札の状況及び落札価格が、右オークションに付された絨毯の正確な価値を反映したものと解することはできないから、右落札希望価格及び落札価格を本件絨毯の評価額の判断基準とすることは妥当でない。

五  争点5について

《証拠略》によれば、本件絨毯目録の送付により、原告が被告グローバルに明告した本件絨毯の価額は、アモゴハリが五〇万米ドル、タブリス・アラバフが二五万米ドル、タブリス・フィッシュが八〇〇〇米ドル、クアムが一万米ドルであることが認められるところ、前記四のとおり、右明告額は本件絨毯の評価額として妥当な金額と認められるから、原告が、被告グローバルに対し、本件絨毯の実価を著しく超える価格を故意に通告したとの事実は認めることができず、よって、本件において国際海上物品運送法一三条三項の適用は認められない。

六  争点6について

1 前記二のとおり、本件賠償約款のうち全危険担保条件による填補についての記載は、被告グローバルが原告のために貨物海上保険を手配する場合の保険条件を記載したものと認められるが、さらに、本件賠償約款に基づいて、原告と被告グローバルとの間で、被告グローバルの本件運送契約に基づく損害賠償責任につき限度額の合意が行われたか否かについて検討を加える。

2 《証拠略》によれば、本件賠償約款においては、「一品目、一ポンドにつき四五円」の賠償責任は、明確に「運送会社」すなわち本件では被告グローバルの「通常の責任」とされていること、右の金額を超える被告グローバルの責任については何ら記載がなく、また、右の金額が同被告の損害賠償責任の上限であるとの記載も存在しないことが認められることに加えて、本件全証拠によるも、運送会社が運送契約に基づく損害賠償責任につき限度額を定めるとの慣行及び「一品目、一ポンドにつき四五円」を被告グローバルの損害賠償責任の上限と定める規則が存在することを認めるに足りる証拠がないことからすれば、本件賠償約款は、運送品について高価品の明告が行われたり、損害賠償の予定の合意が行われたような特別の場合以外の、被告グローバルが通常負うべき損害賠償責任について記載したものにすぎず、「一品目、一ポンドにつき四五円」の賠償責任が、被告グローバルの損害賠償責任の上限となることの記載と解することはできない。

よって、他に、原告と被告グローバルとの間で、被告グローバルの損害賠償責任の上限を「一品目、一ポンドにつき四五円」とするとの合意が行われたことを認めるに足りる証拠のない本件においては、原告と被告グローバルとの間で損害賠償責任限度額の合意が行われたものと認めることはできない。

3 被告グローバルは、原告が本件運送契約締結に際して被告グローバルに貨物海上保険の手配を依頼したのは、本件賠償約款に基づく両者間の損害賠償責任限度額の合意の存在を前提とするものであると主張するが、《証拠略》によれば、本件運送契約と本件保険契約は、後者が前者に基づく運送中に生じた損害の填補を内容とするとの関係にあるものの、契約としてはあくまで別個独立であり、本件運送契約に基づく被告グローバルの責任と本件保険契約に基づく被告日本火災の責任も当然に別個独立に生じるものであることが認められるから、原告が被告グローバルに貨物海上保険の手配を依頼することと、同被告の本件運送契約に基づく損害賠償責任の範囲とが直接関連するものと解することはできず、被告グローバルの右主張は理由がない。

七  争点7について

1 前記三のとおり、原告が、被告グローバルに対し、本件絨毯の種類及び価額を記載した本件絨毯目録を送付したことにより、商法五七八条所定の高価品の明告が行われたものと認められるが、右高価品の明告が行われた事実によって、同時に、国際海上物品運送法一三条二項の運送品の種類及び価額の通告が行われたものと認めることができる。

2 そこで、次に、同項が定める運送品の種類及び価額の船荷証券への記載について検討する。

《証拠略》によれば、本件運送の過程において船荷証券が発行されたことが認められるが、本件全証拠によるも、右船荷証券に本件絨毯の種類及び価額が記載されたことを認めるに足りる証拠はない。

ところで、国際海上物品運送法一三条二項が、運送人に対する運送品の種類及び価額の通告により同条一項に定める運送人の有限責任を排除したのは、特殊な運送品については、特別の注意を促すことによって、荷送人に運送人の有限責任を排除し得る道を開くことが公平にかなうとの趣旨に基づくものであり、船荷証券が発行された場合に、右通告に加えて当該船荷証券への記載をも要件としているのは、海上運送等長距離の運送については、複数の運送人がその運送に関与することがあり、荷送人と直接の接触を持たない運送人にとっては、荷送人からの直接の通告ではなくして、船荷証券への記載によって運送品の種類及び価額を知ることになることを考慮したものと解される。

そうすると、本件は、原告から直接本件運送品の運送を依頼した被告グローバルに対し、運送に関わる責任を問うものであるから、船荷証券に通告内容を記載することは、当該運送人に対する国際海上物品運送法一三条一項の有限責任を排除するための要件とはならないと解すべきであり、原告が、被告グローバルに対し、運送品の種類及び価額の通告をしている以上、同条二項により、同条一項の適用の排除が認められるものと解されるから、被告グローバルの主張は理由がない。

八  争点8について

1 被告グローバルの主張(一)について

前記六3のとおり、本件運送契約と本件保険契約とは別個独立の契約であり、本件運送契約に基づく被告グローバルの責任と本件保険契約に基づく被告日本火災の責任は、当然に別個独立に生じるものであるし、本件全証拠によるも、原告と被告グローバルとの間において、第一次的に保険金支払請求により原告の損害を填補するという暗黙の了解があった事実は認められない。

2 被告グローバルの主張(二)について

前記一1のとおり、原告は、被告グローバルの依頼により、産地名及び工房外を明らかにした本件絨毯目録を送付し、右目録は被告グローバルを通じて、グレーベル及び米国の通関業者であるアメリカン・カスタムズ・ブローカー・カンパニーに交付され、本件運送契約、本件保険契約の締結及び通関手続において使用されたことが認められるのであり、被告グローバル、グレーベル及びアメリカン・カスタムズ・ブローカー・カンパニーは、貨物運送ないし通関手続における専門業者であり、一方、原告は、日本から米国への転居に伴い、家財道具等の運送を依頼した顧客にすぎないことを考えると、原告が、本件絨毯目録を交付したほかに、被告グローバルに対し、絨毯の中にイラン製品が含まれていることを告知せず、また、イラン製品を購入するための特別許可を取得するために必要な情報を提供しなかったことをもって、被告グローバルに対する本訴請求が権利の濫用に当たると到底いうことはできない。また、原告の被告日本火災に対する対応のいかんは、右認定を左右するものではない。

3 被告グローバルの主張(三)について

アブディアンのアモゴハリ及びタブリス・アラバフについての密輸入の事実の有無及びそれについての原告の認識の有無は、原告の被告グローバルに対する本件運送契約上の責任追及とは何ら関係のないものであるから、右の点を根拠として、原告の被告グローバルに対する本訴請求が権利の濫用となるものと解することはできない。

4 以上により、被告グローバル主張の各事実を総合しても、原告の被告グローバルに対する本訴請求を権利の濫用と解することはできないから、被告グローバルの右主張は理由がない。

九  争点9について

1 《証拠略》によれば、本件事故発生当時、イラン原産の物品の米国への輸入は、イラン取引規則により原則的に禁止されており(同規則五六〇・二〇一条)、イラン製の絨毯については、五枚以内であれば一般的に輸入が許可されるが、それを超える枚数の輸入については、同規則五六〇・五〇四条aに基づき米国財務省外国資産管理局の特別許可を取得しない限り、そのうち一枚であっても輸入が許されないこと(同規則五六〇・五一四条b)が認められるところ、本件絨毯目録記載の二五枚の絨毯がいずれもイラン製であること、右絨毯の米国への輸入について特別許可が取得されていないことについては原告が明らかに争わないから、右の事実によれば、本件絨毯目録記載の絨毯を日本から米国に輸入した原告の行為は、イラン取引規則五六〇・二〇一条により禁じられている米国法上違法な行為と認められる。

2 そこで、かかる米国への輸入が禁じられている物品の海上運送において、当該物品について生じた損害を填補することを内容とする本件保険契約が、被保険利益を欠くものとして無効であるか否かについて検討を加える。

(一) 被保険利益は、保険の目的について保険事故が発生するか否かについて被保険者が有する経済上の利害関係をいうものと解されるが、利害関係は、それを保障することが法令の趣旨に反し、公序良俗に反するようなものであってはならず、取引を禁じられた物品の取引に基づく利害関係については、たとえ経済上の利害関係であっても、被保険利益として認められないものと解される。

(二) 《証拠略》によれば、イラン取引規則の立法趣旨は、イラン政府によるテロ行為の積極的支援及び米国その他の非交戦国の商船に対する攻撃的かつ非合法的な軍事行動を背景として、イラン関連の物品の米国への輸入等が、右のようなテロ行為の財政的支援に寄与したり、軍事行動の促進となることを防止することにあり、同規則に規定されている措置は、イラン政府の行為に対する対抗措置とされていること、同規則には、違反物品の没収に関する規定や、違反者に対する懲役刑を含む罰則規定が存在し、米国において同規則違反を理由とする有罪判決が下された例も存在すること、被告日本火災が原告の同規則違反の事実を知った後に、原告に対して本件保険契約に基づく保険金の支払を行う行為は、同規則五六〇・二〇二に違反するものであり、同規則五六〇・七〇一条a(合衆国法律集一八編五四五条)における輸入禁止物品の輸送の促進に該当するものとして、米国において刑事訴追の対象となる可能性が存在することが認められる。

(三) 前記1及び2(二)の事実によれば、本件保険契約は、米国への輸入が米国法上禁じられているイラン製絨毯を日本から米国に運送するに当たり、当該絨毯について生じた損害を填補することを内容とするものであること、本件保険契約に基づいて保険金を支払うことについても同様に禁じられており、右支払を行えば保険者が刑事訴追を受ける可能性も存在することが認められるところ、かかる保険契約の有効性を認めれば、結果的に違法な行為を助長することになるだけでなく、保険者において保険金を支払う必要が生じることになり、積極的に違法な行為を作出することになる。

よって、本件保険契約は、被保険利益を欠き、それ自体公序良俗に反するものとして無効と解すべきであるし、少なくとも保険者において刑事訴追を受ける可能性のある保険金の支払を請求できないと考えるべきである。

3 原告は、次の理由により、原告のイラン取引規則違反の事実は本件保険契約の効力に影響を及ぼさないと主張するので、以下検討を加える。

(一) 原告は、イラン取引規則が米国の行政上の規制にすぎず、通常の禁制品に関する規定のように物品自体に問題がある場合とは明らかに性質が異なり、私法上の契約の効力に影響を及ぼさないと主張する。しかし、前記2(二)のような同規則の趣旨、規定内容及び運用状況に鑑みれば、同規則は、少なくとも麻薬や武器等の禁制品に関する規定と同程度の厳格性を有する規定であり、その違反による効果を軽視することはできないものと解されるから、原告の右主張は理由がない。

(二) 原告は、本件保険契約締結当時、イラン取引規則においては五枚以内のイラン製絨毯は一般的に輸入が許可されており、さらに、平成七年五月九日付けの外国資産管理局による一般許可により、米国に入国する者が所有するイラン製絨毯については、原則として米国への輸入が許可されるに至ったことから、原告の違反は軽微であると主張する。しかし、前者については、前記1のとおり、原告のようにイラン製絨毯を六枚以上輸入する場合は、特別許可を取得しない限り、そのうち一枚であっても輸入が許されないとする明文の規定があることからすれば(同規則五六〇・五一四条b)、違反の軽微性の根拠とすることはできないものと解されるし、後者については、《証拠略》によれば、右一般許可によっても、過去の同規則違反の違法性には何ら影響を与えないことが認められるから、同様に違反の軽微性の根拠とすることはできないものと解される。

(三) 原告は、本件運送契約締結当時、イラン取引規則の存在を知らず、本件絨毯の米国への輸入が違法であることについての認識を欠いていたと主張する。しかし、《証拠略》によれば、違法であることの認識の有無は、罰則規定の適用について差異を生じさせるものにすぎないから、原告の輸入行為がイラン取引規則五六〇・二〇一条により禁じられている米国法上違法な行為である以上、本件保険契約が被保険利益を欠き無効であるとの結論が異なるものではないから、原告の右主張は理由がない。

(四) 原告は、米国税関における通関手続において、イラン製絨毯が運送品に含まれることを明示したにもかかわらず、米国税関はこれを問題とせずに通関を許可したと主張する。しかし、本件全証拠によるも、米国税関が本件運送品中にイラン製絨毯が含まれることを認識した上で通関を許可したことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、《証拠略》によれば、米国税関は本件運送品中にイラン製絨毯が含まれることを認識していなかった可能性が高いものと認められるから、原告の右主張は認められない。

(五) 原告は、仮に、米国税関における通関手続において書類が足りないと指摘されたとしても、原告において書類を追加して提出すれば特別許可が下りたはずであると主張する。しかし、《証拠略》によれば、原告が特別許可を取得するためには、本件絨毯目録記載の絨毯のすべてについて、イラン取引規則施行日以前にイラン国外に存在したことを証明する書類及びイランの利益が一切発生していないことを証明する書類の提出が必要であり、前者については、契約書、保険関連書類、船積書類、倉庫保管料領収書、適正な通関書類などの利害関係のない第三者によって認証され発行された証明書類が必要とされることが認められるところ(同規則五六〇・五〇四条a、c)、《証拠略》によれば、同規則により特別許可の取得のために必要とされている書類として原告が提出し得るのは、平成五年六月二九日の原告、シャデック、ペレイラ及び被告日本火災の米国における代理人であるデービット・ティー・マルーフの会合において原告から提出された、本件絨毯目録記載の絨毯の領収書等三五枚(一枚は重複)のみであること、右の書類の中には、次のとおり、その作成日の記載とは異なり、同規則施行日より後の日に作成されたと認められるものが多数存在し、それらはおよそ同規則において要求される証明書類としての要件を満たしていないことが認められ、右の事実からすれば、原告は本件絨毯目録記載の絨毯の米国への輸入について特別許可を取得することはおよそ不可能であったと解されるから、原告の右主張は理由がない。

(1) 原告は、本件絨毯目録記載の絨毯の領収書等三五枚中少なくとも一三枚について、イラン取引規則施行日より後の日に署名が行われたことを認めており、また、右の結論に至るまでの説明が不自然に変転している。

原告は、平成五年五月ころまでは、ペレイラに対し、本件絨毯目録記載の絨毯について、何年にもわたって交換によって入手したので領収書等は存在しないと説明していたが、被告日本火災代理人より同規則との関係で右の書類が必要であると説明されると、同年六月二九日、ナセルから提供されたとして、三五枚の本件絨毯目録記載の絨毯の領収書等を提示した。そして、右領収書等の作成日については、原告は、当初記載されている作成日と異なる日に作成されたのは二枚だけであると説明していたが、被告日本火災から、専門家によるインク試験を実施することを告知されると、その前に自ら専門家に依頼してインク試験を実施した上で、さらに作成日が昭和五六年から昭和六〇年とされている八枚の書類について平成五年中に署名されたものであることを認め、その後、被告日本火災からインク試験の結果及びインクの製造業者であるフォーミュラボズ・インク作成の報告書等を受領すると、さらに作成日が昭和五六年から昭和六〇年とされている五枚の書類について、平成三年以降に作成されたことを認めた。

(2) ナセルは、右の書類について記載された作成日と異なる日に署名した理由につき、それ自体不自然な説明を行い、また、その内容が変転している。

ナセルは、平成三年八月一七日の被告日本火災との電話においては、そもそも平成五年中に原告に領収書等を交付した事実を否定したが、翌日には、原告の依頼により、平成三年六月にナセル自身の記録のために保存しておいた二枚目の領収書に署名をして原告に交付したと説明した。ところが、証人として出廷した平成七年三月一五日には、原告は、通常は領収書を受領しないので、ナセル自身の記録のために領収書を作成し、署名しないで保管していたが、原告の依頼により原告所有の絨毯の目録を作成した際、すべての領収書に署名し、同年六月に原告に交付したと証言した。

(3) 《証拠略》によれば、原告は、イラン取引規則施行日より後も、最近に至るまで高級絨毯の収集を継続していたこと、本件絨毯目録記載の絨毯の中には原告が同規則施行日より後に取得したものも含まれていることが認められる。

(六) 原告は、外国資産管理局に対し、合衆国法律集一九編一五九二条、連邦行政命令集一九編一六二・七四条に基づく事前開示を行ったところ、米国税関から、原告の違法行為に対して何らの措置も予定していないとの回答を得たのであるから、原告は、イラン取引規則違反の責任を負うことはないと主張するが、《証拠略》によれば、右事前開示手続は、税関に対して、輸入業者に違反の自発的開示を行わせることによって、その責任の軽減を図るためのものであり、米国税関から何らの措置も予定していないとの回答を得ても、それは過去の行為の違法性を消滅させるものではないことが認められるから、原告の右主張は理由がない。

4 以上により、その余について判断するまでもなく、被告日本火災は、原告に対し、本件保険契約に基づく保険金支払義務を負わない。

一〇  争点9及び10における被告グローバルの主張について

1 被告グローバルは、原告との間で、同被告の本件運送契約に基づく損害賠償責任の有無及び範囲を、本件保険契約に基づいて被告日本火災が負うべき保険金支払義務の有無及び範囲と同一とするとの合意をしたと主張するが、前記六3のとおり、本件運送契約と本件保険契約とは別個独立の契約と認められるから、本件運送契約に基づく被告グローバルの責任の有無及び範囲を本件保険契約に基づく被告日本火災の責任の有無及び範囲にかからしめるには、原告と被告グローバルとの間における特段の合意を要するものと解されるところ、本件全証拠によるも、かかる特段の合意が成立したと認めるに足りる証拠はないから、被告グローバルの右主張は認められない。

2 よって、被告グローバルは、原告に対し、本件運送契約の債務不履行に基づく損害賠償として、国際海上物品運送法三条一項、二〇条二項、商法五八〇条一項、五七八条により、前記四の本件絨毯の価額全額について損害賠償責任を負う。

一一  争点11について

1 原告の主張(一)について

原告が被告グローバルの不法行為として主張しているのは、<1>重過失により本件事故を発生させたこと、<2>本件事故前後の対応の悪さにより原告の被告日本火災に対する保険金請求を妨げたこと、<3>原告を脅迫して本件訴えの取下げを要求したことの三点と解されるが、前記のとおり、原告は、本件事故により被った財産的損害について、被告グローバルに対して債務不履行に基づき損害賠償請求権を有するものと認められるが、<1>の点については、本件全証拠によるも、本件運送におけるどの段階でどのような態様で本件事故が発生したかを確定することはできず、被告グローバルに対し、本件事故についての不法行為責任を問うことはできないと解されるから、原告の主張は認められない。また、<2>の点については、前記のとおり、原告の被告日本火災に対する本件保険契約に基づく保険金支払請求は認められず、かつ、それが専ら原告側の事情に起因するものと解される以上、原告の主張は認められない。そして、<3>の点については、《証拠略》によれば、被告グローバルの取締役であるダニエル・ランダールが、シャデックに対し、平成七年五月四日に電話をし、本件運送品の米国への輸入についてのイラン取引規則の適用の問題を解決するために、被告グローバルが米国において宣言的救済訴訟の提起を検討していることや、右訴訟を提起した場合に原告において生じる効果について説明するとともに、本件訴訟を取り下げるよう求めたこと、シャデックが当該電話中に、ダニエル・ランダールの右の要求を拒絶したことが認められるが、右の事実によれば、ダニエル・ランダールは、当時、原告の米国における代理人であった弁護士のシャデックに対し、本件訴訟とは別の手段により原告と被告グローバルとの間における紛争を解決することを提案した中で、本件訴訟の取下げが双方にとって最も有利であることを強調し、シャデックに検討を促したにすぎないものと解され、かかるダニエル・ランダールによる申し出を原告に対する脅迫と評価することはできないから、原告の右主張も認めることはできない。

2 原告の主張(二)について

原告が被告日本火災の不法行為として主張しているのは、<1>本件保険の引受段階及び本件事故発生後の調査段階において、原告に対して不誠実な対応をとったこと、<2>本件訴えにおいて、原告にとって侮辱的な訴訟行為を行ったことの二点と解されるが、<1>の点については、前記のとおり、原告の被告日本火災に対する本件保険契約に基づく保険金支払請求は認められず、かつ、それが専ら原告側の事情に起因するものと解される以上、本件保険契約の締結段階又は右締結後の調査段階における被告日本火災の対応が不法行為を構成することは認められないから、原告の主張は認められない。また、<2>の点については、本件訴えにおいて本件保険契約の有効性ないし右契約に基づく被告日本火災の填補責任の有無を争った被告日本火災が、自己の主張を根拠付け、相手方の主張を排斥するために行ったものであって、それらにより原告が何らかの不快感を覚えたとしても、それらはいずれも正当な訴訟行為の範囲内にあるものと解されるから、これを原告に対する不法行為と解することはできず、原告の主張は認められない。

3 以上により、原告の主張する被告らの行為は、いずれも、原告に対する不法行為を構成するものとは認められないから、原告の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求は認められない。

一二  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告グローバルに対する本件運送契約上の債務不履行に基づく本件絨毯の評価額相当額の損害賠償及びこれに対する履行不能となった日の後である平成五年三月八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容し、被告グローバルに対するその余の請求及び被告日本火災に対する請求は失当であるから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前田順司 裁判官 日景 聡)

裁判官 小久保孝雄は、転補のため署名押印することができない。

(裁判長裁判官 前田順司)

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